はじめに
シェールガスをはじめとする非在来型の石油ガス革命、いわゆる「シェール革命」により、米国では現在約170万人の新たな雇用が生まれている(*1)。2011年時点ですでに国内天然ガスの30%以上をシェールガスが占めており、今後、2020年までに約17兆円の設備投資が行われ、さらに2035年までの経済効果は計500兆円にのぼると予想されている。シェールガスの米国内天然ガスに占める割合は今後も大きくなると予測されていることから、もはや非在来型(Unconventional)とは呼べないのではないかという見方もある(*2)。
このように右肩上がりの状況でシェールガス開発が進むにつれて生じている懸念の1つは環境問題である。ガス生産時に大量の水を使用することから、水資源の保全、化学物質の地下水への浸透や廃棄物処理、生産に伴う温室効果ガスの排出などをどのように管理していくのかである。シェールガス開発の最先進国である米国では、現在、州レベルでの規制となる様々な法令が制定されているほか、連邦・州政府レベルでの現状の法規制の運用や対象範囲についても、様々な評価や取組がなされているなど、進展が続いている。
本稿では、シェールガス開発に関連する主な環境問題と規制の主要な動向について、米国を中心に紹介したい。
- *1
- IHS, America’s New Energy Future: The Unconventional Oil and Gas Revolution and the US Economy (Dec. 2012)
- *2
- US EPA, Energy Information Agency, Environmental Business Journal (2013)
シェールガス開発と環境問題
シェールガス開発に関連する環境問題は、シェールガスを含む非在来型の天然ガスや石油を生産する際に使用される「フラクチャリング(水圧破砕)」と呼ばれる手法が関係している。
フラクチャリング技術は、地下深層部に広範囲に分散して閉じ込められている形で存在する天然ガスや石油を、地中の水平井戸からプロパン及び砂やセラミックの粒子等が含まれる高圧の液体を吹き込むことによって、石油やガスを掘削した生産井戸に入れ、汲み上げる仕組みである。
このフラクチャリング技術の特性や使用環境、またシェールガスの急激な国内生産増加に伴い、以下の環境問題が懸念されている。
水使用
井戸1本のフラクチャリング(frack)には、200~500万ガロン(700~1,900万リットル)の水を使用し、その井戸1本では複数回のフラクチャリングを実施する。例えばMarcellus Shaleの位置するペンシルバニア州では、2009年~2012年の間に約3,000の井戸が掘削されたと推計されているが、この規模の数の井戸でフラクチャリングするために使用される大量の水は、再利用(リサイクル)したとしても、その膨大な量は水資源への影響が懸念されている。
ただし、水使用量全体を見ると、シェールガスの生産が多いテキサス州など南部の州をみても、州全体に占める水使用の割合は2%未満、ペンシルバニア州では1%未満に留まっていることが報告されている。また、石炭や原子力発電などと比較して、相対的に水使用量は多いとはいえない。例えば、石炭は、同量の発電をする際に、約10倍の水を使用するため、シェールガスの水使用量は相対的に大きくないと考えられている。しかしながら、シェールガスのフラクチャリング技術は、大量の水を使用することに違いはなく、全体として水資源の保全は管理しなければならない問題となっている。テキサス州の水使用(2005年)
出所:Ground Water Protection Council, “State Oil and Gas Agency Groundwater Investigations and their role in advancing regulatory reforms a two-state review: Ohio and Texas” (August 2011)
排水処理
使用した水の処理は、シェールガス開発の大きな課題となっており、多くの環境NGOなどが懸念している問題である。フラクチャリングに使用した大量の水には、その0.5~2.0%とわずかではあるが、フラクチャリング時に使用する化学物質や掘削時に発生する廃棄物が混入している。これらが地下深くに残留し、次項に記載する地下水汚染につながる可能性があると指摘している。
すでに排水規制を実施している州があると共に、ガス開発企業や掘削工事を行うエンジニアリング企業では、汚染物質の移動を防止する措置を講じており、排水処理と同時に汚染物質の処理を行うための手続きや取組が進められている。
地下水の汚染
フラクチャリングの際に大量に使用する水の0.5~2.0%を占めるメタンや揮発性有機化合物(VOCs)が水源の地下水を汚染するのではないかという懸念もある。シェールガス開発に伴い発生する残留物は、典型的には地下8,000~15,000メートルの深度にあり、飲用として使用する地下水源よりもかなり深い(*3)。飲用地下水汚染の懸念は、これらの残留物が移動することでこの水源を汚染しないだろうかという点にある(*4)。
地下水汚染につながる主な原因は、不適切な井戸の設計、不十分な表層のケーシング(Casing)、不適切なセメント、表層化学物質の不適切な取り扱い、貯水池の不適切な設計、廃棄物及び廃水に関する不適切な管理であると考えられている。
環境保護庁(EPA)では、安全飲用水法(Safe Drinking Water Act、SDWA)及び大気浄化法(Clean Air Act、CAA)のもと、発がん性物質または発がん性のおそれのある物質として規制されている27の化学物質を特定すると共に、2005年~2007年の間にフラクチャリングに使用されていた約2,500の製品等から最も高い頻度で使用されている以下の7つの化学物質を整理し、上記27物質など他の有害化学物質とあわせて、現在も継続するフラクチャリングの環境影響に関する調査の対象としている(*5)。
化学物質名 | 2,500超の製品のうち、化学物質の 使用が確認される製品数 | 有害化学物質として規制されているか |
---|---|---|
Methanol | 342 | 有害大気汚染物質 |
Isopronol | 274 | 有害大気汚染物質 |
Cystaline silica | 207 | ― |
2-Butoxyethanol | 126 | ― |
Ethyiene glycol | 119 | ― |
Hydrotreated Light Petroleum distilates | 89 | ― |
Sodium hydrooxide | 80 | ― |
出所:EPA, “Study of the Potential Impacts of Hydraulic Fracturing on Drinking Water Resources Progress
メタンガスの排出
シェールガス開発に伴うメタンガスの排出については、排出量の計算方法や環境影響に関する研究が行われている。具体的には、温室効果ガス(GHG)のライフサイクルの排出量に基づくのか、それともシェールガス開発におけるフラクチャリング工程に基づくのかなど、計測の前提方法よる相違に加え、フラクチャリングに伴うメタン漏えいが従来の天然ガス開発より多いといった研究もある。石炭や他の天然ガスの開発に比べたシェールガス開発(フラクチャリング)のGHG排出量について様々な研究が進められており、現時点でも議論が続いている(*6)。
排水処理に伴う地震誘発
米国では、フラクチャリングが開始された2000年代以降、マグニチュード3程度の小規模な地震が激増しており、米国地質調査所(United States Geological Survey、USGS)の調査によると、2001年~2011年の間、マグニチュード3以上の地震の年間平均回数をみると、20世紀時の平均と比べ6倍以上になっているという。今後も引き続き調査が必要であるとして、EPAは地震誘発リスクを軽減するためのガイドラインを州規制当局等への参考として発行する予定としている(*7)。
- *3
- ペンシルバニア州のMarcellus shaleでは、飲用水に使用する井戸は深度が約45メートルに対して、シェールガス生産に使用される掘削井戸は、1.2~2.5キロメートルの深度にある。 http://news.nationalgeographic.com/news/2010/10/101022-breaking-fuel-from-the-rock/
- *4
- 2011年12月にEPAから発行されたワイオミング州の地下水汚染に関する報告書案では、天然ガスの生産及びフラクチャリングの液体と整合する化学物質が発見されたとしており、その後再度EPA及び同州で詳細調査が実施されている。経緯を含めて以下の2012年報告に記載されている。 http://www.epa.gov/region8/superfund/wy/pavillion/phase5/PavillionSeptember2012Narrative.pdf
- *5
- EPA, Study of the Potential Impacts of Hydraulic Fracturing on Drinking Water Resources Progress Report (Dec. 2012)
- *6
- コーネル大学が2011年に公表した調査では、20年間のライフサイクル分析により、石炭と比較するとフラクチャリングは20~100%GHG排出量が多いとしている。一方、カーネギーメロン大学では、ライフサイクルでのGHG排出量は、石炭よりも20~50%少ないとしている。このほか、National Technology Energy Laboratory(NETL)の調査、Worldwatch Instituteとドイツ銀行の調査など多数の調査が実施されている。
- *7
- 井戸の注入と地震との関係について米国地質調査所でも州や地域別の調査や議論が続いている。
米国のシェールガス開発と環境規制
上記のような環境問題に対応するため、米国のガス産出各州では早期から法制化の動きがあったが、国全体の規制にあたる連邦政府レベルでは、2012年4月に法制化がされ、2015年から施行される大気汚染に関する規制のみである(*8)。
一方、産業界では、各州では相違があるものの上記環境問題に対応する規制が制定されており、すでに十分な規制がなされているという見解が示されている。実際に、後述するように州の規制は各種制定されており、懸念される地下水汚染については、事前報告義務と開発に伴う許認可が連動しているものもある。
米国エネルギー省(DOE)の管轄するエネルギー情報庁(EIA)では、シェールガスの天然ガスに占める割合は、2020年には約40%、2030年代後半には50%に高まると予測しており、シェールガス開発生産に関わる環境規制は重要な意味を持つ。
エネルギー源別天然ガス生産(1990~2040年、1超フィート立法)
出所:U.S. Department of Energy, Energy Information Agency
連邦政府の動向
議会への報告書
シェールガス開発に伴う環境問題への懸念に対して、DOEの長官諮問委員会(Secretary of Energy Advisory Board)が2度にわたり90日報告を提出し、2011年11月18日に提出された2度目の報告を最終報告として公表している。この最終報告では、2011年8月11日に提出された1回目の90日報告で提起された20項目の課題について回答すると共に、小委員会の報告と勧告事項として20項目(14の大項目及び6つの中項目)を整理している。
米国のエネルギーミックスの将来を考える上で、シェールガスは重要な位置を占めるため、環境や健康、資源について重大な影響をもたらさないように管理しながら、シェールガス開発による経済・環境及びエネルギー安全保障の価値につなげることが重要であるという認識が示されている。
番号 | 勧告事項 |
---|---|
1 | シェールガスの操業に関する一般市民への情報の改善 |
2 | 州及び連邦政府の規制当局間のコミュニケーションの改善 |
3 | 大気環境の改善 |
4 | 生産者リストの作成、メタンと他の大気排出データを収集する仕組みの早急な作成と、その一般公開 |
5 | 関連当局と連携したカーボンフットプリントのライフサイクル分析、天然ガスや他の燃料との比較 |
6 | シェールガス開発会社及び規制当局は、大気排出量を削減するため、確立された技術や手法を活用するよう努める |
7 | 水質の保全 |
8 | フラクチャリング工程に沿った水質測定と、その公開 |
9 | 水の移動に関するマニフェストの管理 |
10 | 井戸の開発や建設におけるベストプラクティスの採用 |
11 | シェールガスの井戸から貯水池までのメタンの漏えいに関する追加調査の実施 |
12 | 水質の事前調査の義務付け、シェールガス生産前の報告 |
13 | 飲用水と表層水の保護のための、実務の評価、規制及び執行ルールの進展 |
14 | フラクチャリングの液体に関する情報開示 |
15 | ディーゼル燃料の使用削減 |
16 | 地域、土地利用、野生生物、生態系に関する短期及び累積的な影響の管理 |
17 | ベストプラクティスの整理 |
18 | 大気:汚染物質の削減と、生産工程における報告システム |
19 | 水:井戸の仕上げ(Completion)と水使用の最小化及び垂直井戸の制限 |
20 | 研究開発の推進 |
出所:DOE Secretary of Energy Advisory Board, Shale Gas Production Subcommittee Second Ninety Day Report (Nov. 18, 2011) 別添C:小委員会勧告事項
この勧告事項において、化学物質に関する情報開示を、個別の井戸ごとに行うことや、液体に添加した全ての化学物質について対象とすること、企業秘密(trade secret)の保護を追加することなどが含まれている。
その後、2012年1月にオバマ大統領が一般教書演説において、全ての天然ガス開発企業は、使用する化学物質を公開すべきという方針を示しているものの、2011年3月に提出された、「フラクチャリングの責任と化学物質の注意喚起法(the Fracturing Responsibility and Awareness of Chemical Act)」はいったん廃案となり、2013年5月に再提出されている(*9)。
- *8
- 2011年当初に紹介された法案「The Fracturing Responsibility and Awareness of Chemicals Act of 2011 (FRAC Act)」は議会で成立せず、その後、規制の主体を州とする法案「The Fracturing Regulations are Effective in State Hands Act (FRESH Act)」も上程されたが、現時点ではどちらも成立していない。Carl E. Behrens, Energy Policy: 113th Congress Issues, Congressional Research Service (January 3, 2013)
- *9
- 当初提出された法案については、すでに15州では化学物質の開示について何らかの規制があり、州レベルの規制で十分であるという理由から、米州石油ガス協定委員会(Interstate Oil and Gas Compact Commission)が反対していた。2013年5月に再度委員会で審議にかける手続きが始まっているが、現状では制定のめどはたっていない。その間、2012年3月には州に規制主体を委ねるFracturing Regulations are Effective in State Hands Act (FRESH Act) が提出されたが廃案になっている。連邦議会調査局(Congressional Research Service)は、2012年6月にフラクチャリングの化学物質の情報開示義務に関する15州の規制状況及び連邦政府による規制案をとりまとめた報告書Congressional Research Services (Murril and Vann), Hydraulic Fracturing: Chemical Disclosure Requirements (June 19, 2012)、2013年1月にはTiemann and Vann, Hydraulic Fracturing and Safe Drinking Water Act Regulatory Issues (January 10, 2013) を公表している。
大気汚染に関する規制の改定
2012年4月、EPAは、シェールガス開発に伴う大気汚染防止のため、新たに規制を制定した(*10)。具体的には、2015年1月以降に設置されるシェールガスの掘削井戸には、「Green Completion」と呼ばれる天然ガスの大気への排出を抑制するための汚染防止設計を義務付け、井戸から排出されるガスと液体の炭化水素を分離することでVOCs等を約95%削減すると共に、温室効果ガスであるメタンの排出も大幅に抑制するとしている。
この規制は、2015年以降に設置される年間1万件以上の井戸に義務付けられることになるが、すでにワイオミング州やコロラド州で施行されているほか、テキサス州の一部地域においては義務付けられている。ガス開発を行うオペレーターや開発事業者にとってはコスト増になるものの、本規制の2015年施行まで約2年の猶予があることへの問題点も指摘されている。
水質汚染に関する問題
表層水及び地下水に関する連邦政府レベルの規制は、EPAの管轄である水質浄化法(Clean Water Act、CWA)と安全飲用水法(SDWA)の2つの連邦法で規制している。CWAは、掘削井戸からの表層への廃水規制を行っており、掘削井戸の地下水への廃水については、SDWAが規制を行っている。しかしながら、もともとフラクチャリングはSDWAの規制対象となっておらず、2005年のエネルギー政策法は、フラクチャリングをSDWAから除外することを明示しているため、現段階では連邦政府レベルでの規制は制定されていない。
地下水汚染等への懸念に関わる化学物質の情報開示に関する課題は研究者の間で様々な研究や分析がされており、法制化等の提言もされている。環境NPOであるNRDC(Natural Resource Defense Council)でも2012年7月に報告書をとりまとめているほか、シエラクラブでは、シェールガスに関する法制化の状況をWebサイトで提供している(*11)。
ワシントンD.C.に所在する環境関連の調査研究を行うシンクタンクResource For the Future(RFF)では、シェールガスの規制全般についてのWebサイトを立ち上げ、20項目以上にあたる規制について全米約35州の状況を色分けして提示し、各州の規制の状況を更新する予定としている。学術組織では、2013年4月には、ハーバード大学ロースクールから報告書が公表され、現在、掘削事業者の使用する化学物質に関する自主情報開示に活用されている「FracFocus」という情報Webサイトの位置付けについて問題提起されている(*12)。
こうしたなかでも、民間企業による積極的な情報開示も進められており、フラッキングサービスの最大手ハリバートン社のWebサイトでは、掘削サイト別に使用している化学物質について情報開示がされている(*13)。
連邦管理の土地における化学物質の開示に関する規制
BLMは、2012年5月に、連邦政府の管理する土地をリースしてシェールガス開発を行う事業者に対し、シェールガス開発に関する連邦全体の規制の素案を公表した(*14)。BLM規制案は、コロラド州の規制に近い内容とされており、フラクチャリングに使用する化学物質を開示する義務や、井戸の設計などについて掘削前に報告をし、それらを一般に公開することを求める内容となっていた。しかしながら、この素案に対し17万件を超すパブリック・コメントが寄せられ、2013年5月に再度改定案を公表している(*15)。改定案では、当初素案での化学物質の開示義務に加え、オペレーターに水管理計画の策定を求めることなどが含まれている。
他の連邦法との関連では、EPAが実施している安全飲用水法(SDWA)及び労働安全衛生法(Occupational Safety and Health Act、OSHA)に関連する。OSHAの関連では、使用している化学物質を緊急時に医療従事者に情報開示することを求める案を入れているが、これはすでに多くの州で石油ガス関連の規制として実施されている。
時間軸(工程概要) | 連邦法 | 主な規制内容 |
---|---|---|
60日前まで (サイト準備、土木、掘削工事) | 国家環境政策法(NEPA) | 連邦政府管轄の土地における掘削及び生産について環境影響評価を義務付け |
大気浄化法(CAA) | 有害大気物質排出の際の排出基準 | |
大気汚染物質のモニタリングと報告の義務付け | ||
2015年以降、掘削井戸の仕上げ方法などを含めた新たな規制を施行 | ||
15~30日前まで (掘削井戸の仕上げ及びフラクチャリングフラクチャリング) | 土地管理局の石油ガス生産に関する規制(BLM、内務省DOI管轄) | 連邦政府管轄の土地におけるフラクチャリングの認可 |
緊急計画及び地域住民の知る権利法(EPCRA) | 有害化学物質のMSDSの記録及び緊急時計画の策定 | |
有害物質輸送法(HMTA、運輸省DOT管轄) | 有害物質の運搬に関する規制 | |
20日前~操業の間(5~40年間) (生産、廃水回収、貯水、廃棄物処理、輸送等) | 水質浄化法(CWA) | 生産水の処理及び廃水について、国家汚染物質廃水除去システム(NPDES)の許認可 |
排水基準及び汚染物質別の水質基準 | ||
油濁法(OPA) | 漏出防止の必要事項及び報告 | |
資源保護回復法(RCRA) | 有害物質の処理に関する義務付け | |
スーパーファンド法(CERCLA) | 健康及び環境への影響をもたらす有害物質及び有害廃棄物の排出に関する責任 |
出所:Accenture (2012), Environmental Business Journal (2013) 及びEPA等各種報告書より筆者とりまとめ *上記以外にも各州の法規制による許認可が多数ある。 HMTA:Hazardous Materials Transportation Act NPDES:National Pollutant Discharge Elimination System
- *10
- United States Environmental Protection Agency, 40 CFR Parts 60 and 63, Oil and Natural Gas Sector: New Source Performance Standards and National Emission Standards for Hazardous Air Pollutants Reviews; Final Rule (2012)
http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/FR-2012-08-16/pdf/2012-16806.pdf - *11
- Matthew McFeeley, NRDC issue brief, State Hydraulic Fracturing Disclosure Rules and Enforcement: A Comparison (July, 2012)、シエラクラブの提供する米国内のシェールガスやフラクチャリングに関する法制度状況
http://sierraclub.org/naturalgas/rulemaking/ - *12
- onschnik et.al. Legal Fractures in Chemical Disclosure Laws (April 2013)
- *13
- http://www.halliburton.com/public/projects/pubsdata/Hydraulic_Fracturing/fluids_disclosure.html
- *14
- Federal Register 27691, May 11, 2012
- *15
- 素案のパブリック・コメント及び新たな規制案は以下参照。
http://www.blm.gov/wo/st/en/info/newsroom/2013/may/nr_05_16_2013.html
州の規制
各州におけるシェールガス規制については、化学物質の情報開示や地下水保全などをテーマにして非営利団体や大学などで様々な調査や分析が実施されているが、シェールガス全般の規制についてとりまとめている非営利組織の「STRONGER」が包括的な分析を行っている(*16)。
STRONGERは、2009年にフラクチャリングに関するワーキンググループを設置し、2010年に州の環境規制についてガイドラインを策定すると共に、すでに7州のプログラムを評価している(*17)。
ペンシルバニア州
【背景】
ペンシルバニア州は、米国東部のニューヨーク州とワシントンD.C.に挟まれた地域に位置し、米国建国の地である東側のフィラデルフィア市、西側のピッツバーグ市など、全米有数の歴史的な史跡や場所を有する。かつては石炭産出で繁栄した州であったが、シェールガスについては、Marcellus Shaleの主要な州に位置しており、早くからシェールガス開発や関連する研究開発が行われ、環境規制も整備されている。
ペンシルバニア州では、1950年代からフラクチャリング技術が活用され始め、1980年代以降に掘削されたほとんど全ての掘削井戸はこの技術によるものである。過去3年間で約3,000本の井戸が掘削されており、シェールガス開発の主要な州の1つである。
【法制化の動向】
ペンシルバニア州環境保護部(Department of Environmental Protection、DEP)は、ペンシルバニア州立大学と連携し、フラクチャリングに起因する環境問題、特に地下水汚染の問題について早くから研究を続けており、現在では全米でも屈指の包括的な水管理の規制が制定されている(*18)。
① 水管理計画
ペンシルバニア州は多数の水資源を有し、これらの水の水量及び水質を鉱業から保護するため、2002年に水資源管理法(the Water Resources Planning Act)が施行された。この法律では、30日間に30万ガロン以上の水を使用(取水)する組織は、その取水を登録しなければならないことになっている。その後、2008年にMarcellus Shaleが開発された結果、DEP内にある石油ガス管理局(Bureau of Oil and Gas Management、BOGM)は、開発者に対して水管理計画の提出を求めている。水管理計画には、取水量と取水地を記載することとなっており、水質や水量への影響について、別途定めた取水ガイドライン(Waster withdrawal guidance)に沿い、Susquehann水源委員会(Susquehanna River Basin Commission、SRBC)が評価をし、影響を及ぼす場合には、取水を許可しないことになっている(*19)。
② 排水基準のテストと地下水の研究
州の石油ガス法では、掘削した井戸の1,000フィート以内で、井戸掘削後6カ月以内に飲用水の汚染が発生した場合には、石油ガス掘削井戸のオペレーターが責任を負うものとしている。
掘削前に水質調査を実施し、水質基準を満たすことで、この責任に対して抗弁することができる。
③ 緊急時対応計画
ペンシルバニア州の規制では、オペレーターに対して、潜在的なリスクを評価し、事故時の緊急時計画(Prevention, Preparedness and Contingency (PPC) Plan)を策定することを求めている(*20)。策定するPPCには、フラクチャリングに使用する化学物質のリストとその副産物(廃棄物)及びそのMSDSに各物質の概算量と保管方法を記載して開示しなければならない。
計画書は、現場で保管すると共に、報告を求められた場合には州当局に提示することとなっている。
④ 廃棄物の確認、登録及び報告
フラクチャリングによって発生する廃棄物の特定と必要事項については、DEPの廃棄物管理局(Bureau of Waste Management、BWM)によって残留廃棄物の規制が行われている。ここには、廃棄物の運搬、事故防止、緊急時計画、事故時や漏えい時の廃棄物、記録保管、報告、車両のラベルなどの規制が定められている。これらの情報と共に、BWMが提供する様式26Rに基づき、残留物、排水等の化学物質の分析結果を添えた報告書をオペレーターは毎年提出すると共に、保管が義務付けられている。
コロラド州
【背景】
コロラド州は、米国中部にありEPAのRegion8に属する州である。ロッキー山脈が南北に連なり、州内の標高は高く、州都のデンバー市やスマートシティ化を進めるボルダー市は、標高1,500メートルの高さに位置する。
コロラド州は現在、天然ガス生産量が全米第4位の州であり、石油ガス開発は古くからの歴史があり、初めて石油ガス開発が行われてから150年以上が経過する。シェールだけでなく、Tight sands、Coal bedsなどから州内各所で石油ガスの生産が行われており、2010年時点でおよそ45,000の運用中の石油ガス井戸が存在する。
1951年に制定された石油ガス保全法(The Oil and Gas Conservation Act)のもとで、コロラド州自然資源部(Colorado Department of Natural Resources、DNR)の1部門となるコロラド州石油ガス保全委員会(The Colorado Oil and Gas Conservation Commission、COGCC)が設置され、石油ガス関連の規制を管轄している。
また、表層及び地下水の管理は、水資源部(Division of Water Resources)が管轄し、表層水の排水については、コロラド州公衆衛生環境部(The Colorado Department of Public Health and Environment、CDPHE)の水質管理部門(the Water Quality Control Division)が州内の汚染水除去システム許認可プログラム(Colorado Pollution Discharge Elimination System Permitting Program)を管轄している。さらにコロラド州では、井戸の約15%が連邦政府管理の土地にあるとして、BLMと覚書を交わしている(*21)。
【法制化の動向】
コロラド州では、COGCCが2008年にこれまでの規制をレビューし、シェールガス開発の実務に沿った規制の改訂及び追加を行っている。2009年には、地下水質の変化を分析すると共に、2010年以降、特別な通知規定の制定や2011年の新たな地下水のサンプリングプログラムの実施など、潜在的な環境リスクについて様々な対応を進めている(*22)。
コロラド州内のフラクチャリング実施地域の大部分は、飲用水の水源からはるかに遠隔の地域にある。このため、廃水などが流れ込むリスクはほとんどないとしているが、さらにコロラド地勢調査と水資源管理部は、水源を地図上で管理し、規則303及び規則305のもとで提出される掘削許可申請の確認をする際に、この地図情報と整合して許可を出している。
また、化学物質の情報開示に関する規制では、規則205において、オペレーターに対して化学物質の登録を作成するよう義務付けており、政府当局や緊急時に医療関係者がこれらのリストを確認できるようになっている。
また、地下水に影響を与え得るフラクチャリングの活動を測定し監視COGCCに報告することを義務付けており、これにより、地下水保全を行うこととしている。
コロラド州では、同委員会のWebサイトから包括的なデータが開示されており、州内のデータも毎月更新されるなど、地域住民をはじめとするステークホルダーに配慮した内容となっている(*23)。
- *16
- STORONGERは「State Review of Oil and Natural Gas Environmental Regulations」の略称であり、名称通り石油及び天然ガスに関連する環境規制について各州の評価を行う非営利組織である。石油や天然ガスに関わる環境規制の法制度を州別に評価しているほか、州で立法化する際にベースとなる法案を提供しており、シェールガスに関する調査研究も多数公開している。2013年2月には、再度ワーキンググループを編成し、現在懸念されている問題について評価を行っている。STRONGER, Stronger Revised hydraulic Fracturing Workgroup Scope of Work (Feb, 2013)
- *17
- STRONGER, Pennsylvania Hydraulic Fracturing State Review (Sep, 2010)
- *18
- ペンシルバニア州では2009年に、石油ガス法(Oil and Gas Act)が施行された1984年以来初めて、承認費用を増額し、DEPの人員を大幅に増強して、シェールガス関連の許認可チェックや監査を行っているという。2009年現在、石油ガス関連の井戸開発に関する法令順守、監査、管理の関係業務にあたるスタッフは196名にのぼるという。(STRONGER, Pennsylvania Hydraulic Fracturing State Review (Sep, 2010))
- *19
- Delaware River Basin Commission (DRBC) もデラウェア川流域の取水について評価を行う。
- *20
- Regulations 25Pa. Code 78.55, 91.34
- *21
- STRONGER, Colorado Hydraulic Fracturing State Review (Oct, 2011)
- *22
- 同上 Appendix B
- *23
- http://cogcc.state.co.us/Announcements/Hot_Topics/Hydraulic_Fracturing/Hydra_Frac_topics.html
欧州のシェールガス開発の動向
欧州では、約半分のEU加盟国でシェールガス開発への関心や計画があるものの、実際には、英国とポーランドで比較的大規模なシェールガス開発が実施されているに留まっている(*24)。しかしながら、2012年には、EUにおけるシェールガス開発(フラクチャリング)の健康や自然環境に関する潜在的なリスクの解明について、主に北米の状況が参照された詳細な報告書を公表し(*25)、シェールガス開発におけるフラクチャリング技術について、6つのフェーズに分類し、10分類した環境側面に関する影響を分析し、現在該当する19の欧州指令(directive)と共に、今後、検討又は対応すべき課題等を整理している。
EUではシェールガス開発の潜在的市場規模は大きいものの、加盟各国での規制が大きく異なると共に既存の規制も厳格であり、さらに現在でも加盟各国内で新たな法制度化の動きがある。
国 | 概要 | 開発企業等 | 規制動向 |
---|---|---|---|
英国 | 掘削の調査や資源探査を実施中 | Cuadrilla Resources, IGL |
許認可制 |
ポーランド | 100以上のライセンスが認可されており、 調査、試験井戸の掘削など多くの プロジェクトが実施されている。 |
Dart Energy ExxonMobile, San Leon Energy BNK Petroleum Marathon Oil, Chevron, PGNiG |
許認可制 |
スウェーデン | 2008年以降試験井戸の掘削等 | Royal Dutch Shell Gripen Gas Aura Energy |
許認可制 |
デンマーク | 2010年以降調査やオフショアの 掘削ライセンスを提供 |
GEUS Total E&P Denmark |
許認可制 |
出所:AEA/R/ED57281 Issue Number 17c Date 10/08/2012 Support to the identification of potential risks for the environment and human health arising from hydrocarbons operations involving hydraulic fracturing in EuropeのAppendix 5、Table A5:1及びEnvironmental Business Journal XXVI Number 2, 2013より作成。
今後の動き:あとがきにかえて
シェールガス開発の急激な進展と、検討が進められている各法制化の状況を受け、北米アパラシアン山脈に位置するMarcellus Shaleでは、環境保全を両立する独自のシェールガス開発自主基準を作成し、2013年中に認証制度をスタートさせることを発表している(*26)。環境影響を低減しながらシェールガス開発を進めるための自主的な取組が、各所で推進されている(*27)。
“No Energy produced, whether in or outside of the United States, is produced without risk and without some environmental cost.”(*28)
ここに引用した報告書にもあるように、「米国内外にかかわらず、あらゆるエネルギー源は、何らかの環境リスクと環境関連のコストのうえに成り立つ」ものである。
シェールガス開発において現在懸念がされている諸問題は、情報開示や現在利用可能な技術による解決の研究に加えて、今後、新たな技術開発が進んでいくことでも解決がされていくと予想される。
また、技術と規制の組み合わせとそのバランスによって、従来よりも安価な天然ガスが普及し、多くの産業や社会が恩恵を受けることも予想される。本稿では、シェールガスの環境問題に関する概要と一部の州の制度の紹介にとどまっているが、環境問題への対応については、今後米国連邦規制をはじめ、グローバルにも波及していくことが予想されるため、継続的な最新情報の確認が重要になるだろう。
- *24
- 英国とポーランドのほかにも関心を示しているEU加盟国がある一方、フランスやブルガリア、オランダなどではシェールガス開発を禁止する法律等が制定されている。
- *25
- AEA/R/ED57281 Issue Number 17c Date 10/08/2012 Support to the identification of potential risks for the environment and human health arising from hydrocarbons operations involving hydraulic fracturing in Europe
- *26
- Marcellus Shaleの「持続可能なシェールガス開発に関するパフォーマンス基準」https://www.sustainableshale.org/が公表されたが、これについてEnvironmental Defense Fundをはじめとする多数の環境NPOから、本基準は環境保護に不十分であり、“Sustainable”という言葉が適切に使用されていないとする意見も2013年5月に公表されている。
http://www.civilsocietyinstitute.org/media/pdfs/Final%20EDF%20letter-1-3-2ver3.pdf
環境保全との両立に向けたシェールガス開発については、このほか、2012年4月には業界推奨のパフォーマンス基準が発行されている。
http://www.asrpg.org/pdf/ASRPG_standards_and_practices-April2012.pdf - *27
- Environmental Business Journal Volume XXVI, Number 2 2013
- *28
- Terence H. Thorn, Environmental Issues Surrounding Shale Gas Production The U.S. Experience A primer (April 2012)
※本稿は2013年5月に第一法規株式会社 World Eco Scopeに掲載された寄稿を、同社承諾のもと一部編集して掲載しています。