その1:土壌浄化作業にも求められる高い安全管理
8月末に成立した放射性汚染物質汚染対処特別措置法の下、来年初頭から本格的に実施される放射性物質の土壌汚染対策については、現在各企業や研究組織などで実務に向けた準備が進められている。
放射性土壌汚染の浄化
放射性物質の土壌汚染対策は、通常の土壌汚染対策に必要な調査や浄化、廃棄物処理などに加えて、作業工程全般にわたる健康安全管理、サイトの安全管理が求められることになり、そのため時間や費用も、より多くかかることになる。
米国エネルギー省で実施されている放射性土壌汚染の浄化プロジェクトでは、工期の延長や費用の増加なども報告されており、目標の浄化・除染レベルへの達成、作業の安全性、地域の環境への影響、費用などを総合的に評価して、最適な浄化技術を選定し、浄化や除染を実施することは大きな課題だと言われている。
IAEAの求める高い安全基準
IAEAの安全基準(過去の活動や事故跡地等における環境浄化に関する浄化および浄化プロセスに関する安全基準)では、浄化プロセス全体に安全性を確保した浄化計画を立案し、確実に実行する枠組みを策定することを求めている。
第一に、調査や浄化の作業者を含め、浄化に係るすべての関係者が、その汚染地域、汚染のリスクや安全に業務を実施する手続きをよく理解してすることとされている。第二に、作業者とサイトの安全管理、浄化が適切に実施していることを評価するために、浄化作業の事前、浄化中、浄化後に、オンサイトとオフサイトのモニタリングを実施することを求めている。オンサイトモニタリングは、作業者の健康安全管理や適切な浄化の進捗、汚染の安定性の状況などを評価するためであり、オフサイトのモニタリングは、浄化の対象以外へ放射性物質が放出されていないかを評価するためでもあるという。さらに、IAEAの浄化プロセスでは、浄化実施中の緊急時対応の想定や、地域におけるセキリティ(安全対策)についても配慮することとしており、緊急時対応については、定期的に訓練や見直しを実施することも求めている。
地域の汚染状態と浄化の作業環境
実際に、今後除染が行われる福島周辺の地域は広範囲で線量の高い地域がある。フランスの放射線防御原子力安全研究所(IRSN)が、米国と文部科学省の計測データを基に福島周辺の年間外部被ばく線量(セシウム137と同134)を推定した報告書では、今後1年間の外部被ばく線量が100ミリシーベルトを超える地域が20キロ圏外にもあり、30ミリシーベルトを超える地域は30キロ圏外にもある。さらに今後10年および70年間の外部被ばく線量も推計し、内部被ばく量や2年目以降の累積被ばく線量を加えるとより大きな数値になる可能性を指摘している。
こうした高い線量地域を安全な地域に回復させていくために実施される土壌浄化活動であるが、浄化業務そのものの安全確保も、作業者や受託者が安心して業務ができる国際基準に沿った安全性への配慮が求められるだろう。
環境新聞「放射性土壌汚染 安全確保の価値」 2011年10月5日掲載
その2:広範囲のリスクを想定し計画と実務に反映
現在、福島周辺で実施されている生活環境や学校ほかの清掃など、地域で一時的に実施する除染活動については、作業頻度が1カ月に1度、数時間という想定の下で、被ばく線量は比較的小さいとされている。一方、今後の土壌浄化・除染活動は数年以上を費やす長期プロジェクトになる可能性が高く、浄化や調査の作業者は、継続的に汚染サイトでの時間を過ごすことになる。
作業者の被ばく線量管理対策
国内では放射性物質に係る業務の作業者の被ばく線量上限は、年間50ミリシーベルト、5年間で上限100ミリシーベルトと規定されていたが、東日本大震災では、東京電力福島第1原子力発電所で作業に従事する作業者の被ばく上限の例外として、年間250ミリシーベルトまで引き上げられた。
国内の、通常の作業者の被ばく線量上限として規定されている線量上限に当たる年間50ミリシーベルト、5年間で100ミリシーベルトは、国際原子力機関(IAEA)の規定や米国の放射性物質に係る作業者の被ばく上限と同じであり、国際的な安全基準に準じたものといえる。
しかし、国によってはより低い規制値に関する規定や、作業労働者の安全確保のための詳細規定を設けているケースもある。
例えば、英国では年間被ばく線量が6ミリシーベルトを超える作業者については、医療診断の義務付けや雇用側の記録保管、作業者が複数の雇用者の下で働く場合の情報共有の規定のほか、外で働く場合には個人の被ばく量を管理する個人カードを持ち、年間および累積被ばく量を管理するように規定している。
米国においても、作業者の被ばく線量が年間1ミリシーベルトという一般住民の被ばく限度を超える場合には、一定の安全対策の研修を受けることが義務付けられ、作業者が自分の被ばく線量を知る権利が明記されているほか、原子力規制委員会(NRC)に対して、作業環境について調査を依頼することも可能になっている。
放射性物質以外のリスクや緊急時を想定したリスク管理
また、放射性物質の汚染サイトでは、その他の有害物質による複合汚染サイトも多いことから、IAEAでは、計画初期における対象地の地歴調査を求め、健康や環境への評価をすべきとしている。
揮発性物質などを含めた他の有害物質の汚染リスクがある場合には、土壌の掘削やサンプリングなどの作業者への安全対策を求めている。さらに、浄化作業中の事故や緊急事態を踏まえた緊急時対応計画の策定、廃棄物保管における防犯や安全上の対策も求めている。
これらの作業者の安全対策を含めた作業全体における必要事項は、もともと原子力や放射性物質に係る業務をしていなかた企業や組織にとて、既存業務との最大の相違点であり、他業種からの技術移転や未実績の企業において業務実施の課題になるという。本格的に実施される除染活動では多くが初めての除染作業となることから、実務を踏まえた作業者安全管理の枠組みの構築が望まれる。
環境新聞「放射性土壌汚染 安全確保の価値」 2011年10月12日掲載
その3:地域の活性化に向けた広範囲の安全確保
確実な浄化対策と安全管理の両立
今月10日に示された今後の除染に関する方針として、これまで5ミリシーベルトとしてきた除染範囲を拡充し、年間追加被ばく線量が1ミリシーベルト以下となるように国が除染を実施することが発表された。国際原子力機関(IAEA)の安全基準においても、追加被ばく線量の合計が1ミリシーベルトを超えないようにすることで、利用制限なしでの土地利用が可能になるという考え方が示されていることから、既存の土壌汚染対策法と同様に一律の高い安全基準を設定したとも言えるだろう。
日本は、食品や飲料、製品・サービスから建物・構築物、交通機関や治安に至るまで、その安全性が大きな魅力であり価値となてきた。土壌汚染対策においても、海外で一般的なリスクベースの基準ではなく、市街地における厳格な一律基準を設定し、住宅や工場など土地利用の用途にかかわらず厳しい土壌環境基準となっている。
今回示された1ミリシーベルトの除染基準も、利用制限などのない土地利用を目指す方向と考えられ、どこにいても安全という日本の“安全ブランド”を維持する政策決定であると考えられる。
広域・長期プロジェクトの課題
一方、様々な課題も残されている。まず、IAEAの報告書でもまとめられているように、低レベルで拡散した汚染の浄化は効率的に浄化する手法が少なく、難しい業務である。広範囲に拡散した放射性物質は、土壌の表層を除去する場合には大量の土壌の保管や処理が必要になり、封じ込める措置の場合にも場所の確保が課題となる。また、これらを確実に実施する上での費用も高額になる。
米国エネルギー省の放射性物質の土壌汚染浄化業務では、期間やコストが当初予定よりも大幅に増加されるケースもあり、全体の費用が見積もりにくい現状が指摘されている。さらに、除染をし、安全性を取り戻すだけでなく、浄化後の地域の活性化など地域経済の再生も重要になると考えられる。従前の状態に戻すための汚染の浄化や除去だけでなく、地域にとって生活基盤を確立し、地域経済が活性化していくことが最大の目標である。
地域の活性化に民間の知見を活用
米国政府が今年3月に設立した旧ゼネラル・モーターズ(GM)社の全米80カ所以上の工場跡地等を浄化し、再生する「RACER基金」(自動車地域の再生と環境対応基金)は、浄化の費用と監督を基金が責任を持って実施し、その後、民間企業や自治体などの提案する、雇用創出や地域経済への貢献など一定の基準を満たす土地利用・購入者を選定して、浄化後の土地や施設を賃貸または売却する仕組みとなっている。汚染の浄化は公的資金で実施するが、その後の再利用においては、民間の知見や資金、提案を取り入れ、地域社会の活性化を目指す全米最大規模の環境基金である。
財政が逼迫する中、長期に及ぶ除染と地域の再生を両立していく上では、公的資金での除染後、民間も参加できる地域再生も視野に入れることが重要になるだろう。日本でも活用できる枠組みの一つと考えられる。
(おわり)
環境新聞「放射性土壌汚染 安全確保の価値」 2011年10月19日掲載
※本稿は、環境新聞社の承諾を得て転載しています
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