土壌汚染対策法施行後11年超が経過し、土壌汚染に関する不動産取引や鑑定評価、企業会計や融資等の実務ルールも整備され、土壌汚染の問題は企業経営、社会経済的な影響が深くなっている。また、海外新興国でも土壌汚染の法規制化が進んでおり、海外進出を続ける日本企業にとっても海外拠点における土壌汚染リスクの管理が必要になっている。
一方、土壌汚染対策法では、健康被害防止という観点で法制度が制定され、社会経済的な視点が含まれていない。国内でも環境と経済の両立する枠組み、土壌・地下水汚染の管理と土地の有効利用が可能になる仕組みや制度の構築が望まれる。
はじめに
日本国内では、2003年2月の法施行から1年、2010年4月の改正法施行より4年超が経過した。この間、水質汚濁防止法の有害物質使用特定施設は約9,200施設が廃止されており、直近の統計がある2012年度は過去最高の1,233施設が廃止された。
一方、この10年で企業の海外進出は進み、2002年時点に比べて製造業の海外生産比率は10%以上増加している。今後も海外生産を拡大させる意向の企業が8割強を占めている*1。アジアをはじめとする海外新興国では環境法規制の拡充が進められており、近年土壌・地下水汚染の法制度化も進められている。
このため、大手製造業をはじめ国内外で事業を展開する企業では、国内拠点の閉鎖や統廃合と、海外拠点の拡大が同時並行的に進められており、この中で土壌汚染の管理を進めなければならない状況になっている。
本稿では、日本国内の土壌汚染対策法の課題、海外制度との相違、国内における今後の課題を整理したい。
1.土壌汚染に関する実務上のガイドラインの進展
2000年以降、企業経営のグローバル展開が急速に進むとともに、企業経営と環境管理のつながりも深まり、海外で先行する環境管理のルールが国内にも導入されるようになっている。土壌汚染については、2002年の土壌汚染対策法制定当初には整備されていなかった不動産や企業経営に関する様々な実務ルールがこの10年間に制度化され、進化してきている。
不動産取引においては、宅地建物取引業法のもと、契約締結前の重要事項説明において指定区域に該当するかどうかを説明する義務が生じるようになった。これ以外にも土壌汚染の調査が実施されている場合には、意思決定に影響を与える重要な情報として調査結果を開示することが求められるようになっている*2。また、マンション開発事業者等では、業界ガイドラインが策定され、土壌汚染調査や対策を実施することが実務上、定着している。
不動産鑑定評価においても土壌汚染対策法施行以降、土壌汚染がある場合の鑑定評価の考え方が示され、土地の地歴や過去の汚染除去履歴等も価格形成要因として留意することが明記された。2014年5月に改訂された「不動産鑑定評価基準運用上の留意事項」(2014年11月1日施行)では、土壌汚染の有無等について条件を付して評価ができることとなっている*3。
企業会計では、資産除去債務に関する会計基準のほか引当金に関する会計処理、国際会計基準等において、将来的な土壌汚染対策費の計上に関する会計処理が示されるようになっている*4。
また不動産売買にともなう訴訟においても、基準を超える土壌汚染は一般にその土地の瑕疵であると認識され、売買代金から調査・対策費等の減額を求められるようになっている。
さらに企業の環境・CSR情報においても、重要性の高い場合や、影響の大きい業種等における開示が推奨されており、海外のグローバル企業では各国のほかの情報開示規則を踏まえて自社の土壌汚染に関する情報を開示している。
企業に融資を行う金融機関においても、金融検査マニュアルにより、担保評価額に土壌汚染等の環境リスクを留意することが求められるようになっている*5。
こうした実務上のルールや慣行により、土壌汚染が一旦把握されると、土地の流動性への影響や、不動産価値、将来的な対策や費用の必要性、その情報開示等、様々な手続きが求められるようになっている。
分野 | 土壌汚染対策法制定時点 | 現在までの国内の制度等による影響 | 海外で進められているリスク管理等 |
---|---|---|---|
時期等 | 2002年 | 2014年 | |
不動産取引 | ・重要事項説明 (「指定区域」) |
・重要事項説明(「要措置区域」「形質変更時要届出区域」)他、土壌汚染調査がある場合の告知等。 ・マンション開発時の土壌汚染対策ガイドライン(民間) |
・住宅取引における土壌汚染調査 ・汚染土地の取引における告知義務・行政承認等 |
不動産鑑定評価 | ・不動産鑑定評価における土壌汚染の考慮 | ・不動産鑑定評価基準における土壌汚染ガイドライン ・不動産証券化(REIT)におけるエンジニアリングレポート(含土壌調査フェーズⅠ)の義務づけ ・不動産鑑定評価基準運用上の留意事項 |
・国際評価基準(IVS)での想定条件等 ・土壌汚染調査・対策費等の算出方法が実務的に活用されている。 |
企業の訴訟問題 | 不動産売買にともなう訴訟 | 多様で様々な規模の訴訟 | |
企業会計 | ・資産除去債務 ・国際会計基準(引当金・偶発債務)での例示 |
・会計ガイドライン等における土壌汚染制度の明示や算定方法の例示 | |
企業の情報開示 (環境・CSR報告/統合報告) |
・環境報告書へ記載推奨 | ・統合報告における開示(影響のある業種) ・持続可能性報告における開示(影響のある業種) ・財務報告における開示(重要な場合) |
・財務報告における将来費用やリスク記載 |
金融機関の融資 | ・担保不動産評価における土壌汚染リスクの組み入れ ・金融庁検査マニュアルでの明示 |
・融資実務ガイドライン等における土壌汚染リスク評価実務の詳細手続 |
2.法制化が進むアジア新興国及び海外地域
また近年、海外新興国において、これまで整備されていなかった環境法規制や労働関連規制が強化されており、土壌・地下水汚染規制についても法制化が大きく進んでいる。
アジア地域では、日本より早く韓国で法制化され、台湾でも個別の環境法として土壌汚染対策法が制定・運用されている。香港では英国統治時期から、詳細なガイドラインが規定されている。インドネシア、タイでは一部の環境基準や規則が制定されており、タイでは法案が審議されている。中国では、2014年2月に調査及び浄化の技術ガイドラインが公表され、2014年4月には過去10年近く実施されていた中国内の土壌汚染調査結果が公表された。2015年1月からは、25年ぶりに改正された環境保護法(2014年4月25日公表)のもとで、環境規制の執行や罰則の強化が施行されることになる*6。現在、国家レベルの法律はないが、2020年までに国家レベルの土壌環境保護制度を制定することを目指している。
南米ではブラジルで2年前に法制化され、コスタリカでは本年(2014年)1月から法制度が施行されている。オーストラリアではこれまで州別に規制されていた土壌汚染規制が、2013年から国全体で統一的に規制される仕組みに変更され、順次各州で施行されている。また、ポーランドでも法改正予定となっており、アフリカでは南アフリカで法案が審議されている。
3.海外における土壌汚染規制の概要
上述した諸外国における土壌汚染法規制は、相違 はあるものの、いくつかの共通点がある。また近年制度化が進められている新興国では欧米各国の法制度に比較的類似している制度が多い。
以下、国内の土壌汚染対策法との相違を踏まえた海外の土壌汚染対策制度の一般的な特徴を紹介したい。
3.1 調査や浄化に関する国や州政府等の承認や手続きが多い
日本では、土壌汚染対策法や都道府県条例等に基づく調査や浄化は、改正法後も市場全体の3割前後以下に留まっているが、法制度を整備している多くの国では、基準を超える汚染が発覚した際に行政への届出義務等があり、土壌汚染調査や浄化手続きにおける行政の承認や手続きが日本よりも多い。また、欧米各国では情報開示も進んでおり、汚染状況の把握・管理、公表している国も少なくない。
さらに罰則規定も厳しく、法令違反した日数に乗じた罰則が科される国もあるほか、水源など重大は環境汚染を及ぼす違反への罰則は近年強化されている。
3.2 対象物質が多い
北米や欧州では、土壌汚染対策の対象物質が数十から数百以上に及ぶ。北米では、有害物質として指定された物質が対象となっているが、優先的な物質として270超の物質が公開されており、欧州では50から100物質が対象となっている国が多い。アジア地域でも法制化されている国では50物質前後の国もあり、全般的に日本より対象物質数が多い。
3.3 土地利用によって異なった浄化基準を認めている
海外では、土壌汚染の浄化基準について一物質の基準超過ではなく、土壌、地下水、大気等の曝露レベルによるリスク評価が行われ、サイト別に浄化手法や浄化基準が設定、承認されることが多い*7。
典型的には、住宅用地と商業・産業用地の浄化基準が異なり、商業・産業用地では、敷地内等での飲用井戸制限や、定期的なモニタリングなどの制限を課し、浄化終了を認める制度が運用されている。これにより一般に一律の環境基準より緩和された基準が承認される*8。また、地域別に自然由来のバックグラウンド・レベルが考慮され、それ以上に浄化が求められるケースはほとんどない。
3.4 土壌汚染問題と経済活動の両立に向けた政策
アメリカや欧州では、土壌汚染の懸念がある土地や産業跡地の適切な浄化と有効利用は環境だけでなく、地域経済にもメリットがあることが広く理解されている。
このため、汚染原因がない開発者等への、浄化推進に向けた政策措置を講じている。近年では、土壌汚染の懸念のある土地の有効利用が進まないことにともなう、地域経済停滞や治安悪化など社会・経済面に配慮した制度や再利用推進に向けた支援策が整備されている。新興国においても、調査に対して公的資金が投じられている。
4.土壌汚染対策法の運用と課題
このように、土壌汚染対策に関連するビジネス上の実務ルールの進展や海外における法制度化が進む中、日本国内の土壌汚染対策法の運用と課題について整理してみたい。
2010年4月の改正法以降、形質変更時における届出義務が課され、法規則の対象は拡大された。調査によって基準を超える汚染が発覚した場合には、要措置区域または形質変更時要届出区域に区分されるようになった。2分類された指定区域は3年半で急増し、特に形質変更時要届出区域数が大きく増加している。2014年3月時点で1,000区域を超える形質変更時要届出区域が指定されている。なお、法対象の区域では対策手法の8割以上が掘削除去の手法を採用しており、改正法後も掘削除去手法が多用されている。
このように形質変更時要届出区域に指定される区域数が増加している一方、区域解除には掘削除去の手法が継続的に多用されている。また、不動産取引等を契機として土地所有者が自主的に調査や浄化を実施する割合は多い。
自主的な対策においても、特に不動産取引では保守的な対応が続いている。土地の購入者は多少金額がかかっても、確実な対策として掘削除去を進める傾向が今も多いといわれる。
すなわち深刻な被害の可能性がある汚染と、軽微な汚染との区別はなく、比較的軽微な汚染に対しても多額の対策費をかけて基準を満たすための対応が講じられており、自然由来の土壌汚染に対しても同じような対応が取られることも多いといわれる。
このように一旦土壌汚染が判明し、その土地を売買する際には、多額の費用が掛かる対策が慣例化しているために、土地の売買に向けた準備としての土壌汚染調査等も躊躇するケースが多いと考えられる。冒頭に記載した法施行以降、2012年度までに閉鎖された有害物質使用特定施設約9,200施設のうち、一時的な調査猶予となっている施設が7,200以上にのぼっており、これらの施設では土壌汚染・地下水汚染等の状況は把握されていない。
地下水汚染等の予防の視点からも、これらの施設の調査等を実施することは望ましい。しかし、調査後の浄化措置等についてみると、実務的には、汚染の軽重にかかわらず基準を超えた土壌汚染について一律に基準を満たす措置を講じるために経済的な負担が大きく、土地の有効利用に向けた障壁になっていると考えられる。
市場取引や民間実務での汚染リスクに対するこうした保守的な対応や同様の課題は海外でも指摘されている。イギリスでは2012年の法規制緩和以前、こうした市場での過度な対応が多く、過去の土壌汚染対策の2割から4割は不要であったという報告がなされている。この結果、2012年の法改正により深刻な健康被害や水汚染への影響がある場合に限り、土壌汚染対策が求められるように法改正された。
国内でも健康被害防止の観点からは、過度な土壌汚染対策も少なくないといわれる*9。深刻な土壌汚染や地下水汚染の防止を進めると同時に、リスクに応じた適切なコストでの土壌汚染対策を進める枠組みを構築することが、そろそろ求められる時期になっていると考えられる。
おわりに
今後、東京周辺では、東京オリンピックに向けたインフラ整備や新駅の開発が進められ、建設工事が多くなる。シェールガスなど非在来型エネルギーの普及により、石油や石油化学事業も変化しており、施設の統廃合も進められる方向となっている。一方中長期的には、日本国内の産業界の構造転換にともない発生した工場跡地等を利用した地域再生や世代交代を迎える中小企業の事業継承支援、介護や育児と両立できる職住及び介護施設・病院等の近接した都市化等が求められる。さらに、2014年4月に制定された水循環基本法にみられるような、地下水環境の保全と維持管理も重要なテーマである。
これらの短期及び中長期的な重要な政策テーマにおいて、土地に係る経済的影響の大きい環境問題として土壌汚染問題が利用や開発の障壁になることは珍しいことではない。
オランダやアメリカの州等でも、今後20〜30年での汚染の管理等の中長期方針や目標を掲げて対策を進めているが、日本にはそのような目標が設定されていない。日本国内においても、自然由来の土壌汚染や軽微な汚染に対する過度な対応を回避し、適切な管理をしながら土地の活用等が進められる仕組みが構築されることが望まれる*10。
(http://english.mep.gov.cn/ News_service/infocus/201404/t20140429_271144.htm)。 *7 通常、一物質毎の環境基準に比べ、リスク評価後の浄化基準は緩和され、過度の保守的な基準ではないものが採用される。 *8 European Commission, Science for Environmental Policy“, In depth report Soil contamination: Impacts on Human Health” (2013 年)
European Environment Agency Joint Research Centre, The State of Soil in Europe(2012年)。 *9 ㈱ FINEVでの土壌汚染関係の実務家からのヒヤリングによる。 *10 本課題及びこれに対する政策提言は、㈱ FINEVの主催する「土壌汚染問題を考える会」において土壌汚染調査や浄化に係る実務家から提示された課題も多い。当社の取りまとめた報告書は www.finev.co.jp より閲覧可能。
本稿は「環境管理」(2014年7月号)に掲載された寄稿を同編集部承諾のもと転載しております。