企業の個性を語るCSRへ

2015年8月

日本に企業の社会的責任という考え方が「CSR」という言葉と共に本格的に導入されて10数年となり、上場企業をはじめとする企業経営においてCSRを考慮することは定着した。CSRは、環境・社会・ガバナンス(ESG)と呼ばれ、企業の財務報告とは別の非財務報告としての位置づけが強かったものが、財務報告と一体化した統合報告が誕生し、また投資の指標や上場企業の経営統治の考え方にも組み入れられるようになった。

国内では、特に今年6月には企業の『コーポレートガバナンス・コード』が適用され、昨年2月に公表された投資家向けの『スチュワードシップ・コード』と共に、投資家と企業が相互補完的に中長期的な視点の持続的成長を推進する体制が整備された。

もとより日本には、近江商人の「三方よし」の経営方針や「論語と算盤」の企業理念が基盤となっているという見方もある。しかし、かつて国内や限られた地域だけで展開されていた経済活動は飛躍的に拡大された。世界各国から原材料や製品、サービスを受ける状況に変わってきている。事業活動がグローバル化し、国内外で異なる法制度や慣習、地域別の多様な社会経済状況に対応しながら、企業活動を継続していく上で、労働や人権への明確な方針、経営の透明性など、CSRとして取り組む様々な項目は、経営の参考指標となり得る。

CSR指標は、企業活動を推進していく上で基盤となるものであり、各社の経営理念と共通している概念も多い。一方、CSR指標は多岐にわたり、全ての項目にまんべんなく高い評価を得ることは容易ではない。CSR(又はESG)の指標が投資や経営指標として活用されるようになると、全項目で高い評価を得ることが短期的な目的となり、企業の中長期的に達成すべき目標や課題にそぐわなくなってしまうこともある。

企業会計においても、短期的な結果を重視するあまりルールに逸脱した処理をすることが、不正会計につながることがある。CSRでは良い情報のみが公表される傾向にあることは以前より指摘されてきた。外部の投資指標やランキングを社内の判断基準にする傾向が強まると、予防的措置として活用すべきヒヤリハット情報や軽微な事故などのリスク情報に鈍感となり、大きな事故を事前に防止する企業風土が醸成されにくくなる懸念もある。

企業経営が内外の環境に対応しながら進化していくように、CSRの取組も唯一の正解があるわけではなく、一定の軸を持ちながら、経営状況・外部環境を踏まえて変化していくものである。CSR指標を熟知しながらも、自社の個性ある取り組みをCSRとして語ることができれば、その方針や活動は広く認知されることになろう。

本稿では昨年1月から企業の社会的責任(CSR)に関する国内外の動きや取組を紹介してきた。様々な側面からCSRを概説させて頂いたが、CSR優等生を目指すより、事業や時代に沿って、個性のあるCSRを打ち出すことが魅力的ではないかと考える。

*本稿は、2015年8月に通信新聞に掲載された内容を、同社承諾のもと一部編集して転載しています。連載は今回で終了となります。