市場を活かした先進的な取り組み:シンガポール
2011年3月の東日本大震災以降、復旧や除染、復興対応に従事する中、アジア各国では、環境法制の強化が進行している。企業の海外進出が急速に進んでおり、アジアにおける環境規制の強化は、環境技術やスマートシティやインフラ輸出など優れた技術・サービスを普及させるビジネス・チャンスである一方、すでに工場進出をしている企業や今後の進出または拠点の再編を進める企業にとって環境リスク対策の強化が求められるという意味でもある。本稿では、アジア各国の環境戦略と法制化の動向を紹介したい。
アジア地域では、近年の急速な経済成長に伴い廃棄物や汚染問題が顕在化してきており、各国で環境汚染の実態調査や法制化に向けた制度設計の支援などが進められている。そのなかでも日本と同様に様々な環境法制度を運用しているシンガポールや台湾などでは、自国市場での経験や技術・サービスをベースに成長するアジア市場での環境ビジネスの進出に向けた取り組みを進めている。
シンガポールは、2030年までに国内の建物の8割をグリーンビルディングにする戦略を打ち出し、建物の省エネ化やグリーン化を進めているほか、アジアで最も早く証券取引所が上場企業向けのCSRレポートのガイドラインを発行するなど、環境面での先進的な取り組みを進めている。開かれた市場のなかで外資系企業に活躍の場を提供するとともに、優れたサービスや技術を取り入れ、戦略的に重要な市場では、政府出資の自国企業のビジネスを展開している。
たとえば、電力市場は2007年以降に完全民営化され、発電部門では外資系の3つの企業グループが8割のシェアをもっている。建物の省エネコンサルや汚染浄化の分野では欧米や日本の環境エンジニアリング会社が多く進出している一方、水ビジネスや海洋インフラ事業では、シンガポール企業が大きなシェアを維持しており、これらのインフラ事業をベースに、環境都市開発事業などでは中国やインド、中東への海外進出も進めている。
大手エンジニアリング会社であるケッペル(Kepple)は海洋、インフラ・不動産事業を展開し、中国やインドなどでエコシティ開発を進めているほか、アジア初のグリーン・インフラ・ファンドをつくり、グループ会社で廃水処理や廃棄物発電事業の施設運営を手掛けている。また、大手水事業会社であるセムコープ社(Sembcorp)も電力、水、海洋事業を中東、南米やアフリカでも進め、日本の大手総合商社と都市開発で提携することも発表されている。
このほか、工業団地運営のジュロン島公社の子会社など、シンガポール政府資本企業が国内事業をベースに海外への進出を進めるなど、アジア域内での展開をリードしている。
先行する土壌・地下水汚染対策:台湾
アジアで土壌・地下水汚染に関する法律が制定されているのは、日本以外には台湾と韓国に留まっている。しかし、この数年法制化の動きが急速に進んでおり、中国やタイ、マレーシアなどでは、環境基準やガイドライン、法案などが整備され、法制度に向けて体制が整いつつある。また、これまで法制化の動きが見えなかったインドなどの南アジアの地域においても、欧米コンサルティング会社などが国際機関を通じて支援をしており、土壌・地下水汚染対策の法制化に向けた準備が進められている。
台湾では、90年代より米国との環境面における戦略的な提携を行い、日本よりも早く2000年に土壌・地下水汚染の法制度を制定した。近年イギリスや韓国とも提携し、アジアでの同分野のリーダーシップを目指している。台湾の土壌・地下水汚染対策は、米国の土壌汚染法令である包括的環境対処補償責任法(CERCLA、通称スーパーファンド法)に近い法制度を制定しており、石油や化学製品から徴収した土壌浄化基金を設定し、すでに200億円近く積み立てられている。汚染浄化責任者が特定できない汚染について、基金から調査や浄化費用を支出し、原因者が特定できた場合には、基金に費用を戻す仕組みである。
また、国全体の汚染状態を把握するため、工業省と連携して調査し、これまで閉鎖された工場12万か所のうち25%程度に汚染の懸念があることを公表している。一定の業種について、工場の閉鎖や中断、リース権の移転登記を政府に申請する際には、土壌汚染調査が義務付けられることになっている。
海外では日本のように土地の私有を認められていない場合も多く、国が所有する土地を賃借(リース)するという形態がとられている。この場合、土壌汚染調査や浄化の第一義的な責任者がこのリース権保持者となり、リース契約の終了時や転貸の登記前、土地利用の変更時に調査が義務付けられ、転貸や登記手続きに影響がでる場合もある。
工場進出時には、法制化されていなかった土壌・地下水汚染に関する諸手続きが、法制化後の工場の移転、統合や閉鎖の際には義務付けられる場合もある。現在の法制度の有無の確認に加え、法制度がない国や地域においても自主調査をするなどのリスク管理がより重要になってくるだろう。
法制化近い土壌・地下水汚染対策:中国
現在、多くの関心が集まっているのは、まもなく法制化されるといわれる中国の土壌・地下水汚染規制である。これまで中国では、北京や重慶など一部の市や省で土壌汚染に関する規制が制定されてきたが、国内法が整備されていなかったため、統一的な法制度となっていなかった。しかし、現在の第12次5か年計画の中で、土壌・地下水など環境汚染管理の強化をすることを明記しており、4年前から法制化に向けたガイドラインや法案が順次策定されており、法制化は目前という見方が広がっている。
中国では6年前から国が包括的な全土の土壌汚染調査を行い、数百万に及ぶ土壌のサンプリングデータを分析している。この結果は公表されていないが、各所に深刻な汚染があることが報道されており、政府からも土壌・地下水汚染対策の方針が徐々に示されている。まず、土壌汚染の拡大を防止するための指令が2008年に発行され、2009年には法制化案に加え、土壌汚染調査等のガイドラインも発行されている。
また、地下水についても米国政府の支援や民間企業との連携による調査を進めており、2011年11月には、初めて具体的に地下水汚染対策に関する計画が発行された。中国政府は、地下水汚染の調査や浄化対策、予防措置のために、2020年までに約350億元(約4,500億円)の政府支出をすることを公表している。
米国等の研究者や実務家の間では、土壌・地下水汚染対策市場に関して、現在の中国は米国の70年代の状況に近い状態だとみている。米国では、1980年のスーパーファンド法の法制化以降、調査や対策市場が急成長し、毎年1,000億円を超える政府予算が計上され、土壌汚染対策市場は年間約7,000億円の市場に発達した。中国でも今後数年間で5,000億円規模の市場規模に発達することが予想されており、2016年からの5か年では、浄化対策が環境ビジネスの中で大きな位置を占めるとの意見もある。すでに欧米の土壌・地下水関連のコンサルテイングや浄化会社が進出しているほか、中国国内でも浄化ビジネスが急成長しており、業界団体への加入者も急増しているといわれる。
中国での土壌・地下水汚染の法律の制定は、多くの工場を進出している日本企業にとって、一定の影響を持つものになることが予想される。
アジア各国では、環境法制の整備が進んでいる。環境法制のなかには、遡及的な影響をもつものもあるため、法制化を見据えた自主対策も重要になる。新規進出時だけでなく、工場や拠点の再編などの計画時には適切なリスク管理が求められるだろう。
※本稿は環境新聞に掲載された記事について同社の承諾のもと、一部編集して掲載しています。