アジアのCSRと環境金融の動き

2012年5月

日本では、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資というと社会的責任投資(SRI)やエコファンドの印象が強いが、環境やより広い社会的な取り組みを踏まえた投資や取引は、上場企業の株式だけでなく、不動産(建物)や自然資源(水、森林、湿地など)に広がっており、その市場の枠組みも整備されつつある。

1.今後10年でメインストリームに

3月末にシンガポールで開催されたESGアジア2012では、持続可能な成長に向けたアジア企業や環境市場の動向と課題が議論された。冒頭のセッションでは中長期的な持続可能性への取り組みの重要性に加え、現状のいくつかの兆候を見ても、環境(Environment)や社会(Social)、ガバナンス(Governance)を配慮した金融取り引きは、今後10年後にはメーンストリームとなる流れだという見解が示された。その兆候として、第1に、国連の責任投資原則(PRI)を採択した金融機関の運用資産が全体の20%にあたる計30兆㌦(約2400兆円)規模になっていること(i)、第2にこれらに参加していない投資家もその9割以上が、ESGが企業価値に影響することを認めていること(ii)、第3に、グローバル企業の取り組みが活発になり、カーボン・ニュートラルの動きに加えて、コカ・コーラ社などで始められているウオーター・ニュートラルなど今年のリオ+20を経てより具体的な取り組みが活発になることが予想されること、さらに、統合レポートの動きや、今後アジア企業の間で企業の社会的貢献(CSR)の取り組みが進むことなどが挙げられた。

アジアのCSRは発展段階

しかし、現状ではアジア各国のCSR活動はまだ発展途上である。グローバルトップ企業では、95%がCSRレポートを開示している一方で、アジア企業だけで見ると50%しか開示がされていないという報告もある(iii)。会議の開催場所となったシンガポール証券取引所は、同取引所の上場企業に対しての情報開示を促しており、昨年も「上場企業のための持続可能性報告」ガイドラインを公表し、特に影響の大きい10業種を明示した(iv)。開示情報に関するアジア企業の特徴としては、環境面を重視する一方、人権や社会的側面、ガバナンスに関する情報開示が少ないことも指摘されている。先の会議では、アジアにおけるボトム・アップ型の企業経営の現場では、企業が会社方針として明示する取り組みがない場合でも、現場で管理が定着している項目もあるという発言があったが、欧州調査会社からは、会社として方針を明示しないと評価しにくいというコメントが出された。

現在、日本企業のCSR活動はアジアの中では最もリードしていることが各種調査からも発表されているが、僅差で韓国が続いているという。海外進出に伴い、海外で自社のCSR活動を説明する機会も増えてくることが予想される。企業価値の過半は、CSRを含む無形の要因から構成されるといわれるように(v)、海外でのCSR定着の重要性も高まるだろう。

2.生態系サービスの保全に向けた制度化

かつて自然の恵みから得られる価値を経済的な指標で置き換えると、世界全体では毎年2500兆円に上るという試算がなされたが(vi)、こうした経済価値で捉えられない資産が地球全体には施されている。しかしながら、これらの自然資源の多くは経済取引の対象となっておらず、自然資源が持続的に維持していくためのルールや枠組みも明確になっていない場合が多い。このため、乱獲や無制限の利用など自然の治癒・回復能力を超えた負荷が重なり、保全の費用も十分にない。こうした自然資源を保全し、自然が生み出すさまざまな価値や資産を持続的に維持できる仕組みを構築するため、自然資源から生み出される価値を生態系サービスとして分類し評価するとともに、受益者が負担する仕組みが検討され始めている。

生態系サービスは、水や湿地などに代表されるように、制度により義務付けられることが普及の前提条件であると言われ、北米の湿地保全や世界の水取引などについては、08年時点で年間6千億円以上の規模になっている一方、自主的な保全費用の支払いはその数%に満たない規模にとどまっている(vii)。このため、各国政府では生態系サービスの保全や支払(PES=Payment of EcosystemServices)に向けた政策を積極的に推進しており、特に自然資源が豊富な新興国では、制度化に向けた動きが活発化している(viii)

ベトナムにおいて06年から始められたパイロットプロジェクトでは、水源・土壌の浸食防止、貯水池の保全機能、エコツーリズムの3つの環境サービスに対して、受益者が一定の支払いを行うパイロットプロジェクトが行われ、08年には支払制度が法制化された(ix)。森林の環境サービスを活用した旅行サービスに対して、収入の0・5〜2%を課金することや、費用の受け手は、管理費を10%以内に抑えることなどが規定されている(x)。またイギリスでは、生態系サービスのPESについて、その障壁や機会を包括的に調査しており、今後PESが水源や水量などに加え、土壌の炭素隔離や文化サービスなどに広がる可能性を指摘している。

GDPへの組み入れ検討も視野に

さらにキャメロン首相のもと、国立統計局において自然資源の価値や増減を国内総生産(GDP)に組み入れて評価するための検討が進められており、今年中に20年までのロードマップを提示する方針が示されている(xi)。生態系サービスの価値をGDPに組み入れる検討は、フィリピンやコロンビアなど計7カ国も世界銀行の下で検討を進めているほか、オランダではグリーン経済に向けた自然資源の保全と経済成長の両立(GDPとのデカップリング)に向けて、90年から09年までの傾向を評価する指標の統合が進められている(xii)。日本でも自然資源の価値や評価研究が進められ、環境省の施策のほか、民間でも銀行融資の際の金利優遇などにつなげる動きが出ている。財政逼迫を背景に、自然資源保護のための公的資金が限られる中、内外問わず民間での受益者負担が広がる可能性が高く、今後生体態系サービスの取引制度は徐々に具体化し、拡大することが予想される。

3.ESG評価はインフラ、不動産、商品取引に

ESG要素が配慮している投資家の運用資産割合は、世界全体で09年時点に7%にとどまっているが、上場企業の株式だけでなくインフラや不動産分野に広がっている(xiii)。上場している不動産証券だけでなく、非上場の不動産投資にも環境や社会面の評価を組み入れる割合が高まっている背景の一つは、各国で環境配慮型不動産の認証制度が整備されてきたことにある。日本のCASBEEに当たるような環境配慮型不動産、いわゆるグリーンビルディングの認証制度は、米国のLEEDや英国のBREEAMに加え、シンガポールのグリーンマーク、香港のBEAMなどアジア各国でも始まっている。不動産投資家の中には、今後の法令強化を加味してグリーンビルディング認証が最も高い建物に優先的に投資する方針もある。一方、各国で異なる認証制度により、共通の指標が不足していることも課題として指摘され始めている。

また、原油や天然ガス、金属や希少資源、小麦や砂糖などの商品取引についても、環境・社会面の重要な要素を整理する動きが始まっている。スイスの調査会社は、スイス政府や責任投資原則の支援のもと、商品別に重要な環境・社会面の要素を取りまとめ、持続可能な社会に向けた商品取引市場で投融資の評価において果たせる役割や課題などを整理し、昨年「コモディティに対する責任投資家のガイド」を公表した(xiv)。今後の研究継続を提言しているが、すでに昨年9月には農産物を対象に_持続可能な農業に関する責任投資原則_が公表されており、欧米投資家数社が採択している(xv)

海外比率高まる日本のCSR

このように、環境金融の動きは、投融資の対象範囲の広がりに加え、これまで有償での取引が行われてこなかった生態系サービスの取引など、さまざまな進展がみられるようになっている。投融資の対象となる企業や事業だけでなく、その原材料やサプライチェーンを含めた環境・社会面への法令順守(コンプライアンス)や自主的な取り組みが評価されるようになり、生産活動の拠点となるアジア新興国では、CSRの活動や情報開示が拡充していくことは間違いないだろう。

日本国内では企業の海外進出が進む中、5年ぶりに改訂された環境報告書のガイドラインや統合レポートへの移行などにより自社のKPIや開示情報を見直す動きも活発になっている。12年度版の環境報告書ガイドラインでは、対象範囲が連結財務情報と異なる場合には、捕捉率を記載することを求めている(xvi)。海外比率が高まるにつれ、海外投資家や現地の取引先、社員、規制当局などさまざまな関係者が、異なった視点で企業のCSRを見るようになる。事業や製品の魅力を高めるCSRに期待したい。

※本稿は、2012年5月に環境新聞に連載されたものを一部編集しています。同社の承認を得て転載しています。

【参考文献】

(i)
http://www.unpri.org/publications/annual_report2011.pdf
(ii)
http://www.pwc.com/en_GX/gx/sustainability/research-insights/assets/private-equity-survey-sustainability.pdf
(iii)
http://sus.kpmg.or.jp/knowledge/research/r_azsus201111.pdf
(iv)
http://rulebook.sgx.com/net_file_store/new_rulebooks/s/g/SGX_Sustainability_Reporting_Guide_and_Policy_Statement_2011.pdf
(v)
http://www.hp.jicpa.or.jp/specialized_field/files/0-3-0-0-20111118.pdf
(vi)
http://www.esd.ornl.gov/benefits_conference/nature_paper.pdf
(vii)
http://www.teebweb.org/Portals/25/Documents/TEEBforBusiness_Summary%20FINAL%20PDF.pdf
(viii)
http://www.bsr.org/reports/BSR_Ecosystem_Services_Policy_Synthesis_09-11.pdf
(ix)
THE PRIME MINISTER SOCIALIST PUBLIC OF VIETNAM, No: 380 /QĐ-TTg
DECISION On The Pilot Policy for Payment for Forest Environmental Services THE PRIME MINISTER, April 10, 2008
(x)
http://www.winrock.org/fnrm/files/PaymentForForestEnvironmentalServicesARBCPCaseStudy.pdf
(xi)
http://www.defra.gov.uk/environment/natural/whitepaper/
(xii)
http://web.worldbank.org/WBSITE/EXTERNAL/TOPICS/ENVIRONMENT/0,,contentMDK:23124612~pagePK:148956~piPK:216618~theSitePK:244381,00.html
(xiii)
http://www.unpri.org/publications/2011_report_on_progress_low_res.pdf
(xiv)
http://www.unglobalcompact.org/docs/issues_doc/Financial_markets/Commodities_Guide.pdf
(xv)
http://www.unpri.org/commodities/Farmland%20Principles_Sept2011_final.pdf
(xvi)
http://www.env.go.jp/policy/report/h24-01/index.html